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世界の工芸品 ジオラマ〜ドイツ〜

 私は日頃から美術館に行ったり、クラフツマンとして栄養になる情報にアンテナを張っています。NHKの衛星放送では世界の美術館とかを紹介する番組を毎週のように放映しています。
 私もあまり旅行などは行かないので、TVで紹介される世界の国々の美しさと美術などをいつも楽しませてもらっています。そんなお気に入りの番組の一つに「旅のアルバム 世界の工芸品」というものがあります。この番組は世界の町と、そこに住む特定の工芸作家の作業工程などを通じてその町の文化などを紹介する番組です。
 いつもタイマーで録画をしておいて、暇な時に見るようにしているのですが、去る19日に放映された回では「ジオラマ〜ドイツ〜」としてヒストリカルフィギュアが紹介されました。
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場所はドイツ北東部に位置するポツダム。プロイセン王国時代の要塞都市であったこの町で発展したのがフラットフィギュアやそれを使用して作られたジオラマ(情景模型)であったということです。写真はポツダムにあるジオラマ博物館でこの中にたくさんのジオラマが飾ってあります。番組後半では現地に住む一人のフィギュア作家とその作業工程を紹介するというとても、自分には楽しめる内容でした。
 日本においてはヒストリカルフィギュアは模型の一種として紹介されがちですが、やはり海外ではまったく独立した工芸として認識されているようです。日本においても模型関係からは自分のやっていることは敬遠されている感じがあるし、これからはフラットフィギュアも含めてもっと広い意味で紹介し、活動の場を広げていくべきではないかと感じているこの頃です。
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  by snakestone | 2006-06-23 23:50 | フィギュア関連 | Comments(0)

「ダヴィンチ・コード」見ました

 今日は6月1日。映画が1000円の日である。以前から見たいと思っていた「ダヴィンチ・コード」を見に行ってしまった。自分の住んでいる居住区にいつの間にか、シネコンが出来ていたという、興味本位も手伝ったこともある。いつの間にやら映画1000円の日のことを「1st デイ」と呼んでいるようである。最近はとにもかくにも、奇麗な呼び名を付けたがる。フリーターだの、ニートだの、マイナスイメージ的な感じはない。私も若い時はフリーターだったことがある。但し私が20前後の時代は「無職」、「浪人」、「浮浪者」などと世間から爪弾きされる呼び名であった。私自身は「遊民です」と答えていたものだった。本当の意味で管理社会に入ったのは27才の時である。今でこそ世を忍ぶ仮の姿でサラリーマンなどをしているが、本質的には変わっていない。その若き日の「遊民」時代に精神的な意味でも、様々な体験や知識を修得した。基本的には画家の修行をしていたのだが、それを維持するために色々なアルバイトをした。社会勉強としてはそのアルバイトがいい経験になった。またいつのまにか精神修養として座禅やヨガ、クリスチャンメディテーション、気功などを嗜むようになった。それに付随して哲学や宗教のことや、秘密結社に関することなども少々知るに至ったのである。(ふ〜、やっと「ダヴィンチ・コード」に繋がりそうだ)
 しかし、シオン修道会というのは知らなかった。秘密結社で有名と言えば、薔薇十字団、フリーメーソンなどである。最も薔薇十字団とフリーメーソンは同じようなものに見られていたり、その真偽がわからないから秘密結社と言えるのだが。このシオン修道会の総長のリストがあるのだが、本当に錚々たる人物がそろっている。錬金術師として有名なニコラ・フラメル、画家のボッティチェルリ、アイザックニュートン、ヴィクトルユゴー、クロードドビュッシー、ジャンコクトー、なかでも私の目を惹いたのは・・・
「ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエ」だった。
「ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエ」・・・・彼こそは薔薇十字団の初期文書の一つを著わした重要な人物である。となると、シオン修道会と薔薇十字団の関係はどうなるのか?またフリーメーソン自体もその起源はテンプル騎士団であるという説があり、フリーメーソンとシオン修道会はどういう関係なのか、全く雲を掴むような話である。もしかするとそのような様々な結社があるように見せかけることこそが、彼らの手段なのかもしれない。
 映画でも言っているように現在の聖書の母体を編纂したのはローマ帝国コンスタンティヌス帝がキリスト教や太陽崇拝などの異教を取り入れ325年にニケーア公会議を皮切りに397年のカルタゴ会議により教会に編纂を依託し伝わったのが、今日に伝わっている新約聖書というわけである。つまりある目的の為に意図的に編纂された大本営的産物だったわけだ。
 私が前述した若き日のホーボー(アメリカのある時代に呼ばれた浮浪者のこと)時代に読んだ文献の中にはキリストに関するとても興味深い秘密が記されていた。その秘密こそテンプル騎士団が所有していたキリスト教初期の歴史に関する知識であり、騎士団が滅亡した主たる理由であったというのである。
 その知識とはイエスの生涯についてである。イエスが老齢を持っていたというのである。30才から40そして50を超えて教師としての仕事をしていたというのである。実際磔刑を目撃したという証拠もないようなのである。
 キリストはただ単に太古からの教師達の先例に従ったとても優れた人間だったのだと思う。クリストス。それは内なる神性を表す。この太陽のような神のような自己は男女問わず万人が内包している。この神のような自己(クリストス)を解放し、即ち復活させた者、自分のクリストスと再合を果たした者が、その結果クリスチャン、洗礼を受けた人と呼ばれた。イエスがそのような象徴哲学を説いていたというのは想像に難くない。仏教でも「自己になろうとは自己を捨てることなり」などという教えがある。
 あのロシアの文豪ドストエフスキーは「カラマーゾフの兄弟」の中の有名な大審問官叙事詩の件で登場人物のイワン・カラマーゾフの口からローマカトリックへの懐疑を述べさせている。異端の文書を焼き、異端者を火あぶりの刑にしている大審問官の前にある日キリストがふらりと現れる。そのキリストに向かって大審問官は言う。「キリストは人間を買いかぶり過ぎている。人間はキリストが考えているよりも下劣な存在なのである。そのような人間にはそれなりの幸福を与えてやればよいのである。精神の自由などは人間には重き鎖なのだ。それゆえ我々はキリストの事業を訂正し、その秘密を神秘と教権の上に打ち立てた」・・・かなり乱暴に省略してしまったが、以上のような内容である。実際丁寧に記述してたら一冊の本になっちゃうからね。
 できれば、「ダヴィンチ・コード」の原作者のダン・ブラウンにはそういうことまでも踏み込んでもらいたかった。小説は未読なまま、映像化の方が先に私の興味の隙間を埋めてくれた。今度は小説の方も読んでみようと思う。
 でも、確かにキリストとマグダラのマリアが結婚していて、その血脈が続いているというのはとてもロマンチックだと思う。
 しかし、今日は映画1000円の日だったせいか、金にシビアな奥さん達が多かった。彼女達が内なるクリストスに目覚めて、他人の子供を自分の子供のように愛し、精神の牢獄から復活する日が来るのだろうか。ドストエフスキーの大審問官の言葉が重く響いてしかたがない・・・・。
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  by snakestone | 2006-06-01 23:18 | 映画 | Comments(0)

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