イノセンス見ました
遅ればせながら、押井守の「イノセンス」のDVDを見てしまった。とうとう日本のアニメも来るところまで来てしまった・・・という現在の最高峰を見せられた感じである。本当に感動した。
そもそも、この映画の全貌が公になる前から、押井が人形というものにアプローチしていることは知っていた。というのも私はドールフォーラムジャパンの会員でもあり、その会報誌に押井が数回に渡って記事を書いていたからである。このドールフォーラムジャパンもイノセンス製作に協力という形でクレジットされている。前作と違うのはガイノイドや、サイボーグという存在の骨格に球体間接人形のイメージが投影されているところである。
実は私にとっても「なぜ人は人形を作るのか」という問いかけはずっと考えているテーマでもある。なぜ人は手の平に乗るだけの似姿・・・フィギュアを作るのか。
押井守は色々な作品を作っているが、概ねほとんどは観念的な作品が多い。これは人によって賛否両論に別れるところかもしれない。
この映画の中で一つ好きなフレーズを見つけた。正確ではないが次のような草薙素子が言った台詞である。
「孤独の中で、悪を行わず、多くを求めず、森を歩く象のようにゆったりと歩く」
まさに私もそんな生き方をしたいと思っている。またこれは仏教の神髄でもある。
押井がインタビューで言っていたが、「もし本当に人と付き合うのなら、人と会わずに一人になって自分と向き合うべきだと」
この向き合う自分が人形なのである。
そもそも、この映画の全貌が公になる前から、押井が人形というものにアプローチしていることは知っていた。というのも私はドールフォーラムジャパンの会員でもあり、その会報誌に押井が数回に渡って記事を書いていたからである。このドールフォーラムジャパンもイノセンス製作に協力という形でクレジットされている。前作と違うのはガイノイドや、サイボーグという存在の骨格に球体間接人形のイメージが投影されているところである。
実は私にとっても「なぜ人は人形を作るのか」という問いかけはずっと考えているテーマでもある。なぜ人は手の平に乗るだけの似姿・・・フィギュアを作るのか。
押井守は色々な作品を作っているが、概ねほとんどは観念的な作品が多い。これは人によって賛否両論に別れるところかもしれない。
この映画の中で一つ好きなフレーズを見つけた。正確ではないが次のような草薙素子が言った台詞である。
「孤独の中で、悪を行わず、多くを求めず、森を歩く象のようにゆったりと歩く」
まさに私もそんな生き方をしたいと思っている。またこれは仏教の神髄でもある。
押井がインタビューで言っていたが、「もし本当に人と付き合うのなら、人と会わずに一人になって自分と向き合うべきだと」
この向き合う自分が人形なのである。
by snakestone | 2005-07-03 22:58 | 映画 | Comments(0)